会計士パパの投資と子育てノート

会計士として数字と向き合う仕事のかたわら、30年近く株式投資を実践してきました。米国株の決算を読み解く記事から、子どもとお金についてゆっくり考える連載まで、専門的な話もできるだけ日常の言葉に置き換えてお届けします。焦らず、ゆっくり、家計と資産形成を考えるブログです。

【米国株やさしい紹介・第17弾】Mastercard、実はVisaとほぼ同じ商売をしている「双子会社」

こんにちは、会計士パパです。

米国株のやさしい紹介シリーズ、第17弾は「Mastercard(マスターカード)」です。財布の中を見ると、Visaのカードとマスターカードのカード、両方持っているという方も多いのではないでしょうか。前回紹介したVisaとの関係を軸に、3つの観点で見ていきます。

観点1:Visaとほぼ同じ「道路会社」、でも中身は少し違う

結論から言うと、Mastercardのビジネスモデルは、前回紹介したVisaとほぼ双子と言っていいくらいそっくりです。Mastercard自身も10-Kの中で「当社はカードを発行せず、信用を供与せず、利用者に課される金利や手数料から収益を得ることもない」とはっきり説明しています。つまり、Mastercardもお金を貸す銀行ではなく、決済の"道路"を提供して通行料を受け取る会社です。

では、何が違うのか。近年のMastercardは「付加価値サービス・ソリューション」と呼ばれる周辺事業に、Visa以上に力を入れています。具体的には、サイバーセキュリティ企業(RiskRecon、Ekata)の買収による不正検知サービス、購買データを使ったマーケティング支援(Dynamic Yield)、リアルタイム送金インフラ(Vocalink)などです。2025年通期では、この付加価値サービス・ソリューション事業の売上が前年比23%増と、決済ネットワーク本体(12%増)を上回るペースで成長しています。

「同じ土俵で同じ商売をしている2社」なのに、なぜ両方とも生き残れるのか。それは、Visaとマスターカードが、実は同じ取引を奪い合っているわけではないからです。あるクレジットカードが「Visa」か「Mastercard」かは、そのカードを発行した銀行が決めることで、消費者がレジで選ぶものではありません。両社は、銀行という"取引先"を奪い合う競争はしていますが、日々のお会計の場面で正面から価格競争をしているわけではない、という独特な業界構造になっています。

観点2:グラフで見る5年間の実力

過去5年分(FY2021〜FY2025、12月期)の決算数字を、Visaのときと同じ形式のグラフでまとめてみました。

純収益・純利益・純利益率

Mastercard PL推移

純収益は5年間で約1.7倍に成長し、純利益もほぼ一貫して右肩上がりです。特筆すべきは、点線で示した純利益率の安定感で、5年間ずっと44〜46%というごく狭いレンジに収まっています。事業が拡大する過程で効率が落ちることも、逆に急激に改善することもなく、常に「収益の半分近くが利益として残る」という高収益体質を保ち続けている、非常に安定したビジネスだと言えます。

総資産・自己資本(資産は流動・固定に分解)

Mastercard BS推移

Visaと同じように、資産を流動資産・固定資産に、負債・純資産の構造を並べて表示しています。ここで一番目を引くのが、負債が総資産の8割以上を占めている点です。FY2025で見ると、総資産542億ドルのうち純資産(自己資本)はわずか77億ドルほどで、割合にして1割台前半しかありません。Visa以上に「身軽な」財務構造で、稼いだ利益のほとんどを自社株買いや配当に回してきた結果、自己資本がほとんど積み上がらない状態が続いています。

観点3:徹底した株主還元と、規制・競争というリスク

3つ目の観点は、株主還元への姿勢と、意識しておきたいリスクについてです。

Mastercardは長年、稼いだ利益を配当と自社株買いにほぼ全額還元する方針を貫いてきました。観点2で見た自己資本の薄さは、まさにこの還元姿勢の裏返しです。稼ぐ力に強い自信があるからこそ、あえて手元に利益を残さない選択をしている、というのがVisaとも共通する読み方です。

一方でリスクとして意識しておきたいのは、Visaと同様、加盟店手数料をめぐる規制・訴訟リスクです。ヨーロッパや米国では、クレジットカードの手数料水準について当局や加盟店団体からの監視の目が続いています。また、各国政府が主導する「即時決済網」の普及や、ステーブルコインを使った新しい決済手段の台頭も、長期的にはカードネットワークを介さない決済の選択肢を増やす要因になり得ます。Mastercard自身も、こうした新しい決済インフラに自ら投資することで対応を進めていますが、業界構造そのものが変化する可能性は、Visaと合わせて頭に入れておきたいポイントです。

子ども関連ネタ:子ども向けデビットカードは、実はマスターカード陣営が多数派

最後に、子育て世代らしい話題を一つ。前回、JPモルガンの「Chase First Banking」がVisaのネットワークを使っているという話をしましたが、実は子ども向けデビットカードの世界的な大手、「GoHenry(現Acorns Early)」と「Greenlight」は、いずれもMastercard発行のカードを採用しています。

GoHenryは2007年創業のイギリス発のサービスで、6〜18歳の子どもがお小遣い管理やお手伝い報酬を通じてお金の使い方を学べるアプリとデビットカードを提供しています。カードにはMastercardのゼロ・ライアビリティ(不正利用時の補償)が適用され、世界210カ国以上のMastercard加盟店で使えるのも特徴です。前回はVisa、今回はMastercardと、子ども向け金融教育サービスの裏側は、この2社でちょうど分かれている形になっています。

まとめ

3つの観点を並べてみると、「Visaとほぼ同じ土俵にいながら付加価値サービスで差別化を図るビジネスモデル」と「5年間安定して44〜46%を保つ驚異的な純利益率」は非常に魅力的に見える一方、「自己資本の薄さ」と「手数料規制・新しい決済インフラの台頭」については、Visaと合わせて注目していきたいポイントだと感じます。

「双子のようなライバル」を2週続けて見てきましたが、細部を比べてみると、それぞれの個性がしっかり見えてくるのが面白いところでした。次回もまた別の米国株を、同じように3つの観点でやさしく紹介していきます。

それでは、また次回。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄への投資を推奨・勧誘するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任において行ってください。

【米国株やさしい紹介・第16弾】コストコ、実は「商品」でほとんど儲けていない会社

こんにちは、会計士パパです。

米国株のやさしい紹介シリーズ、第16弾は「コストコ」です。会員制の巨大な倉庫のような店内で、大容量の商品を安く買える。日本でも店舗が増え、家族連れで週末に訪れるという方も多いのではないでしょうか。今回はこの会社を、3つの観点で見ていきます。

観点1:商品はほぼ「原価」、儲けの源泉は年会費

コストコのビジネスモデルを理解するうえで欠かせないのが、「商品そのものではほとんど儲けていない」という事実です。

コストコの粗利率(売上高に対する粗利益の割合)はおよそ11%と、一般的なスーパーやディスカウントストアと比べても非常に低い水準です。あえて商品をギリギリの価格で売ることで、「コストコに行けば絶対に安い」という信頼を作り、会員を維持し続けることを最優先にしています。

では、どこで利益を生み出しているのか。答えは「年会費」です。2025年度の会員費収入は53億ドルで、これは総収益2,752億ドルのうちわずか1.9%にすぎません。ところが、この53億ドルが営業利益103.8億ドル全体の半分以上を占めています。売上のほとんどを占める商品販売から得られる利益はごくわずかで、実質的には「年会費を払い続けてもらうこと」こそが、コストコの利益の柱なのです。会員更新率は、米国・カナダで92.3%、全世界でも89.8%という高水準を維持しており、この安定した継続収益こそが、コストコの強さの正体だと言えます。

観点2:グラフで見る5年間の実力

過去5年分(FY2021〜FY2025、コストコの会計年度は9月〜翌年8月)の決算数字を、グラフと表でまとめてみました。

総収益・営業利益・会員費収入

コストコ PL推移

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
総収益 1,959億ドル 2,270億ドル 2,423億ドル 2,545億ドル 2,752億ドル
営業利益 67.1億ドル 77.9億ドル 81.1億ドル 92.9億ドル 103.8億ドル
会員費収入 38.8億ドル 42.2億ドル 45.8億ドル 48.3億ドル 53.2億ドル

総収益・営業利益ともに5年連続で右肩上がりです。オレンジの線(会員費収入)が赤の線(営業利益)に対して、常に半分前後の水準で寄り添うように伸びている様子から、会員費が業績を下支えしている構造がよく分かります。2024年9月には米国・カナダで年会費の値上げ(一般会員が60ドルから65ドルへ、エグゼクティブ会員が120ドルから130ドルへ)を実施しており、これが2025年度の会員費収入増加の約4割を説明しているとされています。

総資産・自己資本

コストコ 貸借対照表5年推移(T字形式・資産は流動固定分解)

コストコ BS推移

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
総資産 593億ドル 642億ドル 690億ドル 698億ドル 771億ドル
自己資本 181億ドル 207億ドル 251億ドル 236億ドル 292億ドル

総資産は着実に拡大していますが、FY2024だけ自己資本が減少しています。これは会社の業績が悪化したのではなく、2024年1月に1株あたり15ドルという大型の特別配当を実施したためです。稼いだ利益を内部にため込みすぎず、株主にまとめて還元する。この思い切った判断ができるのも、盤石な会員ビジネスに対する自信の表れだと感じます。

資産の中身を「流動資産(1年以内に現金化される、在庫や現金など)」と「固定資産(店舗や設備など、長期間使うもの)」に分けてみると、もう一つ面白い変化が見えてきます。FY2021時点では流動資産と固定資産がほぼ半々でしたが、年を追うごとに固定資産の比率がじわじわ増え、FY2025には総資産77.1十億ドルのうち固定資産が38.7十億ドルと、半分を超えました。新規倉庫の出店や物流網の強化に、着実にお金をかけ続けていることが、この内訳の変化からも読み取れます。

観点3:低マージンという体質と、会員に頼る構造のリスク

3つ目の観点は、この会員ビジネスモデルの裏にあるリスクについてです。

商品の粗利率が11%程度しかないということは、人件費や輸送費、関税といったコストがわずかに上昇するだけで、収益性に大きな影響が出やすいということでもあります。コストコ自身も、ガソリン価格の変動が粗利率を左右しやすい点に言及しており、外部環境の変化に敏感な体質だと言えます。

また、利益の半分以上を会員費に依存しているということは、裏を返せば「会員でい続けてもらえなくなったら、利益が一気に崩れる」というリスクでもあります。現時点での更新率は90%前後と非常に高く、すぐに崩れる心配は小さいものの、SamsClub(ウォルマート系列)など競合の会員制倉庫店との競争が続く中で、この高い更新率をどこまで維持できるかは、今後も注目すべきポイントです。

子ども関連ネタ:1985年から変わらない「1.5ドルホットドッグ」

最後に、子育て世代らしい話題を一つ。コストコのフードコートといえば、ドリンク飲み放題付きのホットドッグセットが有名です。この価格、実に1985年の発売以来、40年以上にわたって1.5ドル(日本では税込180円)のまま据え置かれています。

有名なエピソードとして、かつて幹部が価格の値上げを創業者ジム・シネガル氏に相談したところ、猛烈に反対されたという逸話が語り継がれています。現CEOのロン・ヴァクリス氏も、自分がCEOでいる限りこの価格は変えないと公言しており、値上げラッシュが続く中でも、この一皿だけは特別な聖域として守られ続けています。

このホットドッグ、単体で見れば赤字に近い価格設定だと言われていますが、「コストコに行けば、こんなにお得な体験ができる」という感覚そのものが、観点1で見た会員継続への強い動機付けになっています。つまりこの1.5ドルのホットドッグも、遠回りに見えて、ちゃんと年会費ビジネスを支える一部なのかもしれません。

まとめ

3つの観点を並べてみると、「商品はほぼ原価、年会費で稼ぐ」という独自のビジネスモデルと、「5年連続の増収増益」は非常に魅力的に見える一方、「低マージン体質」と「会員継続率への依存」については、これから注目していきたいポイントだと感じます。

これまで紹介してきた会社の中でも、「安く売ること自体が目的ではなく、安さを"入場料"を払い続けてもらうための手段にしている」という発想は、コストコならではの面白さだと感じました。次回もまた別の米国株を、同じように3つの観点でやさしく紹介していきます。

それでは、また次回。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄への投資を推奨・勧誘するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任において行ってください。

【米国株やさしい紹介・第15弾】Visa(ビザ)、お金を貸さない会社

【米国株やさしい紹介・第15弾】Visa(ビザ)、お金を貸さない会社

こんにちは、会計士パパです。

米国株のやさしい紹介シリーズ、第15弾は「Visa(ビザ)」です。財布の中のクレジットカードやデビットカードで、あの青・黄・水色のロゴを見たことがない方はいないと思います。前回、銀行のJPモルガン・チェースを紹介しましたが、今回のVisaは、実は前回と対比すると分かりやすい会社です。

観点1:Visaは「銀行」ではなく「道路」を提供する会社

多くの方が誤解しがちなポイントからお伝えします。Visaは、皆さんにクレジットカードでお金を貸している会社ではありません。カードを発行して、実際にお金を貸しているのは、皆さんが契約している銀行やカード会社(発行会社)です。Visaはその間をつなぐ「決済ネットワーク」、いわば道路そのものを提供している会社なんです。

具体的には、皆さんがお店でカードを使うと、「お店側の銀行」「皆さんが契約しているカード発行会社」「Visaのネットワーク」の3者が連携して、瞬時にお金のやり取りを処理します。Visa自身は、皆さんが返済できなくなるリスク(貸し倒れリスク)を一切背負いません。ただ、その道路を通行するたびに、ごくわずかな通行料(手数料)を受け取る。これがVisaの商売の本質です。

前回紹介したJPモルガン・チェースは、お金を「貸して」利ざやを稼ぐ会社でした。一方のVisaは、お金の「通り道」を提供して通行料を稼ぐ会社です。もし今、お子さんが銀行の子ども向けデビットカードを使っているなら、そのカードの発行元は銀行ですが、決済処理をしているのは高い確率でVisaかもしれません。同じ「決済」でも、担っている役割がまったく違う2つの会社を続けて紹介できたのは、良い巡り合わせでした。

貸し倒れリスクを背負わないため、Visaの利益率は驚くほど高くなります。売上高に対する粗利率は8割、営業利益率は6割に達しており、これは製造業はもちろん、多くの金融機関と比べても際立って高い水準です。

観点2:グラフで見る5年間の実力

過去5年分(FY2021〜FY2025、Visaの会計年度は10月〜翌年9月)の決算数字を、グラフと表でまとめてみました。

純収益・純利益

Visa 純収益・純利益・純利益率5年推移

5年間、一貫して右肩上がりの成長を続けています。特に注目したいのが、点線で示した純利益率です。50〜54%という水準で安定して推移しており、売上が伸びるにつれて利益率もじわじわ改善している様子が分かります。世界中でキャッシュレス決済や「タップ決済(かざすだけの支払い)」が広がり続けていることに加え、近年は決済データを活用したセキュリティサービスやコンサルティングといった「付加価値サービス」の伸びが著しく、2025年度は前年比26%という高い成長率を記録しています。

総資産・自己資本

Visa 貸借対照表5年推移(T字形式・資産は流動固定分解)

総資産は着実に増えている一方、負債の伸びが自己資本の伸びを上回っており、FY2024からFY2025にかけては、負債が自己資本を上回る構造に転じました。会社が儲かっていないわけではなく、稼いだ利益を上回るペースで自社株買いを行っているためです。実際、2025年度だけで182億ドルもの自社株買いを実施しており、株主に還元する姿勢がそのまま財務諸表に表れている形です。

観点3:驚くほど身軽な設備投資と、それでも意識したいリスク

3つ目の観点は、Visaのお金の使い方と、抱えているリスクについてです。

Visaは道路(ネットワーク)を運営する会社なので、工場のような重い設備投資が必要ありません。2025年度の設備投資額はわずか15億ドルで、売上高400億ドルの会社としては驚くほど小さな金額です。その結果、自由に使えるお金(フリーキャッシュフロー)は216億ドルにのぼり、これが先ほどの自社株買いや配当(2025年度は14%の増配)の原資になっています。

一方でリスクとして意識しておきたいのは、この「通行料ビジネス」ならではの規制リスクです。Visaは長年、加盟店やカード会社との間で、手数料の水準をめぐる「インターチェーン訴訟」と呼ばれる集団訴訟を抱えており、直近の四半期でも訴訟関連の引当金が業績を圧迫しています。また、各国政府が主導する「即時決済網」(銀行口座同士を直接つなぐ仕組み)が普及すれば、Visaのようなカードネットワークを介さない決済が増える可能性もあり、長期的な競争環境の変化にも注意が必要です。

子ども関連ネタ:前回のJPモルガンの話とつながる「見えない存在」

最後に、子育て世代らしい話題を一つ。前回の記事で、JPモルガン・チェースが提供する子ども向けデビットカード「Chase First Banking」を紹介しました。実は、この手のカードの多くはVisaのネットワークを使って決済処理をしています。

お子さんが将来、お小遣い管理アプリと連携したデビットカードを持つようになったとき、カードの発行元(銀行)にはロゴが大きく載っていても、その裏側で決済を支えているのはVisaかもしれません。表舞台に立つ銀行と、裏方に徹するVisa。どちらも欠かせない役割を担いながら、まったく違う稼ぎ方をしている。この対比こそ、2回続けて金融関連企業を紹介した今回のシリーズで、一番お伝えしたかったことです。

まとめ

3つの観点を並べてみると、「貸し倒れリスクを背負わない道路提供モデル」と「5年連続の増収増益」は非常に魅力的に見える一方、「手数料をめぐる訴訟リスク」と「即時決済網という新しい競争相手の台頭」については、これから注目していきたいポイントだと感じます。

同じ「決済」というキーワードでも、銀行とネットワーク会社ではこれほど稼ぎ方が違う。2週にわたる金融シリーズを通じて、そのことを実感していただけたら嬉しいです。次回もまた別の米国株を、同じように3つの観点でやさしく紹介していきます。

それでは、また次回。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄への投資を推奨・勧誘するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任において行ってください。

【米国株やさしい紹介・第14弾】ジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)、「バンドエイドの会社」はもう存在しない

こんにちは、会計士パパです。

米国株のやさしい紹介シリーズ、第14弾は「ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)」です。今回は本題に入る前に、一つ大事な訂正から始めさせてください。

まず訂正から:J&Jは、もう「バンドエイドの会社」ではありません

実はこの記事を書く前、我が家の子どもが使っている絆創膏のパッケージを見て「これもJ&Jだよね」と思い込みかけたのですが、調べてみると、これは大きな誤解でした。

J&Jは2023年に、バンドエイド・タイレノール(解熱鎮痛剤)・リステリン(マウスウォッシュ)・ジョンソンベビーといった、私たちの生活に馴染み深いコンシューマー向け製品の事業を「Kenvue(ケンビュー)」という別会社として完全に切り離しています。つまり、今のJ&Jは、これらの日用品はもう一切扱っていません。今のJ&Jは「医薬品」と「医療機器」の専業企業です。

この分社化の経緯を知らないと、「J&J=バンドエイドの会社」というイメージのまま、今の実態とはズレた理解をしてしまいます。今日は、この"新しいJ&J"の姿を、3つの観点で見ていきます。

観点1:医薬品と医療機器、2本柱の専門メーカーに生まれ変わった会社

今のJ&Jの事業は、大きく2つに分かれています。

1つ目は「イノベーティブ・メディスン」、つまり医薬品事業です。がん、免疫疾患(関節リウマチや乾癬など)、神経疾患といった分野の治療薬を開発・販売しており、2025年通期で604億ドルという、全社売上の6割強を稼ぐ稼ぎ頭です。

2つ目は「メドテック」、医療機器事業です。手術用のロボット支援機器、人工関節、心臓に関わる医療機器などを手がけており、2025年通期で338億ドルの売上をあげています。M&A(買収)にも積極的で、2022年には人工心臓のアビオメッド、2024年には医療機器メーカーのショックウェーブを買収し、事業を強化してきました。

コンシューマー向けの日用品事業を切り離したことで、J&Jは「なんでも扱う総合ヘルスケア企業」から、「医薬品と医療機器という専門性の高い2分野に集中する企業」へと、姿を変えたわけです。実際、2025年通期の売上高は942億ドルに達し、製薬会社として売上高1,000億ドルの大台に迫る規模にまで成長しています。

観点2:グラフで見る「新しいJ&J」としての実力

過去の決算数字をグラフで見ていきますが、ここでも先ほどの分社化が関係してきます。2023年にコンシューマー事業を切り離した影響で、2022年より前の数字と2023年以降の数字を単純に並べて比較すると、実態以上に「事業が縮小した」ように見えてしまいます。そこで今回は、分社化後の実態に近い「継続事業ベース」(コンシューマー事業を除いた数値)で統一した、2022年〜2025年の4年分をご紹介します。

売上高・純利益

J&J PL推移

項目 2022年 2023年 2024年 2025年
売上高 800億ドル 852億ドル 888億ドル 942億ドル
純利益(継続事業ベース) 164億ドル 133億ドル 141億ドル 268億ドル

売上高は4年間、着実に右肩上がりです。純利益は2023年にいったん落ち込んでいますが、これは分社化に伴う一時的な費用がかさんだことが主な理由です。2025年に純利益が大きく跳ね上がっているのは、主力の免疫疾患治療薬などが好調だったことに加え、一部で保有株式などの評価益も影響しています。

総資産・自己資本

J&J BS推移

項目 2022年 2023年 2024年 2025年
総資産 1,874億ドル 1,676億ドル 1,801億ドル 1,992億ドル
自己資本 768億ドル 688億ドル 715億ドル 815億ドル

2023年に総資産がぐっと減っているのは、まさにKenvueへ事業を切り離した影響です。会社が傾いたわけではなく、身軽になった結果と捉えるのが正確です。自己資本は総資産の4割程度を安定して保っており、財務的にはバランスの取れた状態が続いています。

観点3:64年連続増配の「配当王」と、抱え続けるタルク訴訟リスク

3つ目の観点は、株主還元の実績と、長年J&Jに付きまとってきたリスクについてです。

J&Jは2026年4月の増配で、実に64年連続の増配を達成しました。これは「配当王(Dividend King)」と呼ばれる、50年以上連続増配企業の中でも特に長い実績を持つ企業の一つです。景気の波に関係なく医薬品・医療機器が使われ続けるという事業の安定性が、この記録を支えています。

一方で、長年J&Jを悩ませているのが、ベビーパウダーに含まれていたタルク(滑石)をめぐる訴訟です。「がんの原因になった」とする数万件規模の訴訟を抱えており、J&Jは子会社を通じた89億ドル規模の一括和解案を試みましたが、裁判所(連邦高裁)はこの手法を認めない判断を下しています。ベビーパウダー自体はすでに市場から撤去されていますが、訴訟そのものは今も続いており、今後の追加費用が業績に影響を与える可能性があります。なお、この訴訟の責任は、Kenvueにではなく、J&J本体が引き続き負っている点にも注意が必要です。

また、主力薬「ステラーラ」の特許が2024年に欧州で、2025年に米国で相次いで切れており、これによる売上減少も今後数年の課題です。2025年10月には、整形外科(オルソペディックス)事業をさらに分離する方針も発表されており、J&Jは今なお「専門分野への集中」を進めている最中の会社だと言えます。

子ども関連ネタ:「実は違う会社」を子どもと確かめてみる

最後に、冒頭の訂正話をもう少し広げてみます。子どもが使う絆創膏やタイレノール、リステリンといった製品のパッケージを、家族で一緒に確認してみると面白い発見があります。パッケージの隅には、今は「Kenvue」または「JNTLコンシューマーヘルス」という表記があり、J&Jの名前は基本的に出てきません。

「あれ、これJ&Jじゃないんだ」という気づきは、会社が事業を専門特化させていく過程を、身近な生活用品を通じて子どもと一緒に体感できる、ちょっとした社会科見学のような機会だと思います。次にご家庭で絆創膏を使うことがあれば、ぜひパッケージを覗いてみてください。

まとめ

3つの観点を並べてみると、「医薬品・医療機器という専門2分野に集中した事業モデル」と「4年連続の増収」は魅力的に見える一方、「タルク訴訟という長年のリスク」と「主力薬の特許切れ」については、引き続き注目していきたいポイントだと感じます。

同じ社名でも、数年前と今とでは会社の中身が大きく変わっている。今回のJ&Jは、そのことを強く実感させられる取材になりました。次回もまた別の米国株を、同じように3つの観点でやさしく紹介していきます。

それでは、また次回。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄への投資を推奨・勧誘するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任において行ってください。

【米国株やさしい紹介・第13弾】エクソンモービル、その魅力を3つの観点でやさしく見てみる

こんにちは、会計士パパです。

米国株のやさしい紹介シリーズ、第13弾は「エクソンモービル」です。ガソリンスタンドの「Esso(エッソ)」や「Mobil(モービル)」の看板を見たことがある方も多いと思います。世界最大級の石油会社を、今回もかみ砕きながら3つの観点で見ていきます。

観点1:油田からガソリンスタンドまで、一気通貫でやる会社

石油ビジネスは、大きく3つの段階に分けられます。地面や海底から原油・天然ガスを掘り出す「上流(アップストリーム)」、それを精製してガソリンやプラスチックの原料に変える「下流(ダウンストリーム)」、そして石油化学製品を作る「化学部門」です。

多くの会社はこのどれか一つを専門にしますが、エクソンモービルは、この3つすべてを自社で行う「垂直統合型」の会社です。石油を掘る会社であり、精製する会社であり、製品を作る会社でもある、というわけです。

このやり方のメリットは、原油価格が乱高下したときの"緩衝材"になることです。原油価格が上がれば、掘る部門(上流)は儲かりますが、原料を仕入れて製品を作る部門(下流)はコスト増で苦しくなります。逆に原油価格が下がれば、その反対のことが起こります。両方を持っていることで、片方の痛みをもう片方が和らげてくれる、という仕組みです。

近年はこれに加えて、南米ガイアナ沖での大規模な油田開発や、アメリカ国内のシェールオイル地帯「パーミアン盆地」での事業拡大(2024年に同業のパイオニア社を630億ドルで買収)にも力を入れており、単なる「昔ながらの石油会社」ではなく、成長分野への投資も積極的に行っています。

観点2:グラフで見る5年間の実力

過去5年分(2021年〜2025年、12月期)の決算数字を、グラフと表でまとめてみました。

売上高・純利益

エクソンモービル PL 5年推移

項目 2021年 2022年 2023年 2024年 2025年
売上高 2,856億ドル 4,137億ドル 3,446億ドル 3,496億ドル 3,322億ドル
純利益 230億ドル 557億ドル 360億ドル 337億ドル 288億ドル

グラフを見ると、2022年だけ突出して売上・利益が大きいのが分かります。これは、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに原油価格が急騰した年で、エクソンモービル自身の経営努力というより、市場環境の追い風によるところが大きい結果です。その後は原油価格が落ち着くにつれて、売上・利益ともに緩やかに減少しています。石油会社の業績は、会社の実力そのものよりも、原油価格という「自分でコントロールできない要因」に大きく左右される、ということがこのグラフからよく分かります。

総資産・自己資本

エクソンモービル BS 5年推移

項目 2021年 2022年 2023年 2024年 2025年
総資産 3,389億ドル 3,691億ドル 3,763億ドル 4,535億ドル 4,490億ドル
自己資本 1,757億ドル 2,025億ドル 2,125億ドル 2,706億ドル 2,666億ドル

グラフを見ると、自己資本が総資産の6割前後を占めていることが分かります。これまで紹介してきたAppleやMETAとは対照的に、負債よりも自己資本の方がずっと大きい、非常に手堅い財務構造です。石油という価格変動の激しい商品を扱う会社だからこそ、財務面ではあえて保守的に、余裕を持たせているのだと考えられます。

観点3:株主還元への本気度と、原油価格というコントロールできないリスク

3つ目の観点は、株主への還元姿勢と、そこから見えるリスクについてです。

エクソンモービルは2025年通期で288億ドルの利益をあげ、そのうち372億ドル(配当172億ドルと自社株買い200億ドル)を株主に還元しました。利益を上回る金額を還元していることになりますが、これは長年積み上げてきた手元資金や、方針として決めている還元計画に沿ったものです。株主への還元を非常に重視する会社だということが伝わってきます。

一方でリスクとして意識しておきたいのは、業績が原油価格に大きく左右される構造そのものです。観点2のグラフで見た通り、2022年から2025年にかけて、会社の努力とは関係なく利益が半分近くに減っています。また、世界的に再生可能エネルギーへの転換が進む中、石油・天然ガスという事業の長期的な位置づけをどう考えるかも、投資判断のうえで重要な論点になります。

子ども関連ネタ:F1でおなじみの「Mobil 1」も、実はエクソンモービル

最後に、子育て世代らしい話題を一つ。日本のガソリンスタンドから「エッソ」「モービル」の看板が消えたのは2019年のことで、今はすべて「ENEOS」に統一されています。ですので、街中でエクソンモービルの存在を直接見かける機会は、実はもうほとんどありません。

ただし、エンジンオイルの「Mobil 1(モービル1)」というブランドは今も健在で、カー用品店やネット通販で普通に購入できます。特に自動車好きの家庭なら、F1(フォーミュラ1)のレッドブル・レーシングに燃料・潤滑油を供給しているスポンサーとして、マシンやチームウェアに描かれた「Mobil 1」のロゴを目にしたことがあるかもしれません。

エクソンモービルは、ガソリンスタンドという「消費者の目に触れる商売」からは日本で撤退しましたが、エンジンオイルという専門性の高い商品では、今もモータースポーツの最前線を通じて存在感を示し続けています。同じ会社でも、事業ごとに戦い方や日本市場への関わり方が違う、というのも興味深いところです。

まとめ

3つの観点を並べてみると、「上流から下流まで一気通貫で手がける垂直統合モデル」と「自己資本が総資産の6割を占める手堅い財務構造」は魅力的に見える一方、「原油価格という会社にはコントロールできない要因に業績が大きく左右される点」については、意識しておきたいポイントだと感じます。

これまで紹介してきたテック企業や銀行とはまた違う、資源価格というマクロ要因と向き合う会社の姿を見てきました。次回もまた別の米国株を、同じように3つの観点でやさしく紹介していきます。

それでは、また次回。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄への投資を推奨・勧誘するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任において行ってください。

【米国株やさしい紹介・第12弾】JPモルガン・チェース、その魅力を3つの観点でやさしく見てみる

【米国株やさしい紹介・第12弾】JPモルガン・チェース、その魅力を3つの観点でやさしく見てみる

こんにちは、会計士パパです。

米国株のやさしい紹介シリーズ、第12弾は「JPモルガン・チェース」です。アメリカ最大の銀行で、テレビや街中で「Chase(チェース)」というロゴを見たことがある方もいるかもしれません。今回は、これまでよりもさらにかみ砕いて、銀行という業種の特徴も含めてお伝えします。

そもそも、銀行はどうやって儲けているの?

本題に入る前に、銀行のビジネスの仕組みを簡単におさらいします。

銀行は、私たちから預かった「預金」を、家や車を買いたい人、事業を大きくしたい会社に「貸し出し」ます。預金にはあまり利息を払わなくてよい一方、貸し出したお金には高めの利息を受け取れます。この「借りるときの金利」と「貸すときの金利」の差が、銀行の基本的な儲けの仕組みです。JPモルガン・チェースも、この仕組みを大きな規模で行っている会社です。

観点1:銀行なのに「なんでも屋さん」という強み

JPモルガン・チェースの特徴は、一つの商売に頼らず、性格の異なる4つの事業を組み合わせている点です。

1つ目は「個人向け銀行」。街にある「Chase」の看板の支店や、クレジットカードがこれにあたります。2つ目は「投資銀行・市場取引」。大きな企業のM&A(合併・買収)を手伝ったり、株や債券の売買を仲介したりする、専門性の高い仕事です。3つ目は「資産運用」。お金持ちや機関投資家の資産を預かって増やす仕事です。4つ目が「法人向け銀行」で、企業向けの融資や決済サービスを担っています。

なぜこの4つを組み合わせているのでしょうか。それは、景気の良し悪しによって儲かる部門が入れ替わるからです。好景気のときは企業のM&Aが活発になり投資銀行部門が稼ぎ、不景気で相場が荒れるときはトレーディング部門が儲かることもあります。一つの事業が不調でも、他の事業がカバーする。これが、JPモルガン・チェースが「なんでも屋さん」であることの強さです。

観点2:数字で見る5年間の実力

ここからは決算数字を見ていきます。数字は2021年〜2025年の12月期、5年分です。

稼ぎの推移(売上高・純利益)

JPモルガン・チェース 売上高・純利益 5年推移

項目 2021年 2022年 2023年 2024年 2025年
売上高 約1,216億ドル 1,277億ドル 1,549億ドル 1,694億ドル 1,819億ドル
純利益 483億ドル 377億ドル 496億ドル 585億ドル 570億ドル

ここで言う「売上高」は、銀行の場合、受け取った利息やサービス手数料などの合計です。2022年だけ純利益が落ち込んでいますが、これは景気悪化に備えて「貸したお金が返ってこないかもしれない」という将来のリスクに備えるお金(貸倒引当金)を多めに積んだためです。2024年には過去最高の純利益を記録し、その後も高い水準を維持しています。

財産の大きさ(総資産・自己資本)

JPモルガン・チェース 総資産・自己資本 5年推移

項目 2021年 2022年 2023年 2024年 2025年
総資産 約3兆7,440億ドル 3兆6,657億ドル 3兆8,754億ドル 4兆28億ドル 4兆4,249億ドル
自己資本 約2,940億ドル 2,923億ドル 3,279億ドル 3,448億ドル 3,624億ドル

総資産が4兆ドルを超えるというのは、日本円にして600兆円以上という、とてつもない規模です。日本の国家予算の何年分にもあたります。自己資本(銀行自身のお金)も、5年間で着実に増えています。

観点3:銀行ならではの「安心の目安」と、気をつけたいリスク

3つ目の観点は、銀行という業種ならではの見方です。

銀行は、預金者から預かった大切なお金を扱う商売なので、「もしものときに、どれだけ自分のお金で損失を吸収できるか」という体力が重要視されます。その目安になるのが、総資産に対する自己資本の割合です。計算すると、以下のグラフのようになります。

JPモルガン・チェース 自己資本比率 5年推移

2021年の7.85%から2024年の8.61%まで少しずつ上昇し、2025年は8.19%と、5年を通じて安定した水準を保っています。JPモルガン・チェースのCEOであるジェイミー・ダイモン氏は、この分厚い自己資本を「要塞のようなバランスシート」と表現しており、多少の景気の悪化があってもびくともしない体力を、あえて持つようにしていると説明しています。

一方でリスクとして意識しておきたいのは、金利の動き、貸したお金が返ってこなくなるリスク(信用リスク)、そして政府による規制の変化です。銀行は経済全体の血液を流すような存在なので、景気や金利政策の影響をダイレクトに受けやすい業種でもあります。

子ども関連ネタ:実は「子ども専用デビットカード」もある

最後に、子育て世代らしい話題を一つ。JPモルガン・チェースは、6歳から17歳の子ども向けに「Chase First Banking(チェース・ファースト・バンキング)」というデビットカードのサービスを提供しています。

これは、親のChase口座と連携させる形で作れる、子ども名義のデビットカードです。月額料金はかからず、親はアプリを通じて「使える場所」や「使える金額」を制限したり、お手伝いに応じたお小遣いを自動で振り込んだり、子どもと一緒に貯金目標を設定したりできます。子どもがお金を使うたびに、親のスマホに通知が届く仕組みもあります。

世界最大級の銀行が、企業の巨大なM&Aを仲介する一方で、子どものお小遣い管理の手助けもしている。規模の大きさと、生活に根ざした細やかさを両方持っているのが、この会社らしいところだと思います。

まとめ

3つの観点を並べてみると、「性格の違う4つの事業を組み合わせた、なんでも屋さんのビジネスモデル」と「5年間で着実に積み上がった純利益・自己資本」は魅力的に見える一方、「金利や景気の変化を受けやすい業種特性」については、意識しておきたいポイントだと感じます。

これまで紹介してきたテック企業や製薬会社とはまったく違う、「経済の血液を流す」役割を持った会社を見てきました。次回もまた別の米国株を、同じように3つの観点でやさしく紹介していきます。

それでは、また次回。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄への投資を推奨・勧誘するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任において行ってください。

【米国株やさしい紹介・第11弾】Eli Lilly(イーライリリー)、その魅力を3つの観点で見てみる

こんにちは、会計士パパです。

米国株のやさしい紹介シリーズ、第11弾は「Eli Lilly(イーライリリー)」です。2025年に製薬会社として世界で初めて時価総額1兆ドルを突破した会社で、肥満治療薬をめぐるニュースで名前を目にした方も多いのではないでしょうか。今回もグラフを交えながら、3つの観点で見ていきます。

観点1:「たった1つの分子」が会社の運命を握るビジネスモデル

イーライリリーは1876年創業のアメリカを代表する製薬会社で、糖尿病治療薬から抗がん剤、免疫疾患治療薬まで幅広い薬を手がけています。ただ、今の株価と業績を理解するうえで欠かせないのが「tirzepatide(チルゼパチド)」という、たった1つの分子の存在です。

この分子は、糖尿病治療薬「Mounjaro(マンジャロ)」と、肥満症治療薬「Zepbound(ゼップバウンド)」という2つのブランドで販売されています。同じ成分でも、使う目的(糖尿病治療か、肥満治療か)によって名前を変えて売っているんですね。この2製品だけで、2025年通期の売上高365億ドルを稼ぎ出し、全社売上のおよそ56%を占めるまでになりました。

製薬会社のビジネスモデルは、新薬の開発に巨額の費用と長い年月をかけ、特許で守られた期間に一気に投資回収する、という構造が基本です。イーライリリーの場合、その「一気に回収する」フェーズが、まさに今訪れている、というのが現在の姿だと言えます。

観点2:グラフで見る5年間の実力(PL・BS・CF)

過去5年分(FY2021〜FY2025、12月期)の決算数字を、グラフと表でまとめてみました。

PL(損益計算書)

イーライリリー PL 5年推移

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
売上高 283億ドル 285億ドル 341億ドル 450億ドル 652億ドル
営業利益 約67億ドル 83億ドル 103億ドル 170億ドル 297億ドル
純利益 56億ドル 62億ドル 52億ドル 106億ドル 206億ドル

グラフを見ると、FY2021〜FY2023までは緩やかな成長にとどまっていたのに対し、FY2024以降は一気に角度が急になっているのが分かります。特にFY2023だけ純利益が前年より減っていますが、これは研究開発投資の拡大や買収関連費用が影響したためで、その後の急成長の"助走"にあたる時期だったとも言えそうです。

BS(貸借対照表)

イーライリリー BS 5年推移

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
総資産 488億ドル 495億ドル 640億ドル 787億ドル 1,125億ドル
総負債 397億ドル 387億ドル 531億ドル 644億ドル 859億ドル
自己資本 92億ドル 108億ドル 109億ドル 143億ドル 265億ドル

会計士として面白いと感じたのが、自己資本の薄さです。総資産に対する自己資本の割合は、FY2021時点でわずか19%程度、その後も2割前後で推移しています。これは、長年にわたる積極的な自社株買いで資本を圧縮してきた結果です。負債の方が自己資本よりずっと大きい構造ですが、稼ぐ力に自信があるからこそ、あえて身軽な財務構造を選んでいる会社、と捉えるのが実態に近いと思います。

CF(キャッシュフロー計算書)

イーライリリー CF 5年推移

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
営業キャッシュフロー 74億ドル 76億ドル 42億ドル 88億ドル 168億ドル
設備投資額 20億ドル 30億ドル 74億ドル 84億ドル 108億ドル
フリーキャッシュフロー 54億ドル 46億ドル ▲32億ドル 4億ドル 60億ドル

このグラフが、今回一番お伝えしたかったポイントです。FY2023には、フリーキャッシュフローがマイナス32億ドルまで落ち込みました。営業キャッシュフローが伸び悩む一方で、Mounjaro・Zepboundの需要急増に応えるための工場建設など、設備投資額が急拡大したためです。純利益は成長していても、手元に残るお金はむしろ薄くなる。稼いだそばから、未来のために使ってしまう。まさに「増産のための先行投資」の時期だったことが、このグラフからはっきり読み取れます。

観点3:値下げ圧力と、40カ国以上での規制リスク

3つ目の観点は、この急成長の裏にあるリスクについてです。

イーライリリー自身が経営課題として挙げているのが、トランプ政権との合意に基づく薬価の値下げ圧力と、GLP-1市場での競争激化です。ライバルであるノボノルディスク(デンマーク)も同じ市場で激しく競争しており、2026年1月には競合の経口薬も米国で発売されています。実際、直近の決算では粗利益率が82.6%まで低下しており、価格面でのプレッシャーが数字にも表れ始めています。

また、40カ国以上で規制当局による審査が進行中である点も、無視できないリスクです。GLP-1薬という一つの薬効領域に会社の成長エンジンが集中しているからこそ、価格や規制をめぐる各国政府との関係が、そのまま業績の振れ幅に直結しやすい構造になっています。

子ども関連ネタ:世界で初めてインスリンを大量生産した会社

最後に、子育て世代らしい話題を一つ。イーライリリーは、1923年に世界で初めてインスリン製剤の大量生産に成功した会社です。1型糖尿病のお子さんがいるご家庭にとっては、日常的にお世話になっている会社かもしれません。

肥満治療薬で一気に脚光を浴びていますが、その足元には100年以上にわたる糖尿病治療薬の歴史があります。派手な新薬のニュースの裏で、地道に命を支え続けてきた会社でもある、ということは知っておいて損はないと思います。

まとめ

3つの観点を並べてみると、「tirzepatideという1つの分子が生み出す爆発的な成長」と、PL・BSグラフに表れた急拡大は非常に魅力的に見える一方、「FY2023に一時マイナスへ転落したフリーキャッシュフロー」と「薬価・規制をめぐる各国政府との交渉リスク」については、これからも注目していきたいポイントだと感じます。

これまで紹介してきたテック企業とは全く異なる、製薬業界ならではの「特許期間に一気に回収する」というビジネスモデルの迫力を感じる会社でした。次回もまた別の米国株を、同じように3つの観点でやさしく紹介していきます。

それでは、また次回。